「学校の怪談」ブームの社会的背景: 恐怖のパラドックスの心理学的理解に基づいて(吉岡 2023)

ほんとに面白い論文でした。 基本的には学校教育におけるホラーコンテンツのあつかいについて論じているが、心理学の研究にも多く言及しており、なぜわざわざ嫌なものを見てしまうのかという「恐怖のパラドクス」説の適用に待ったをかけている。この分野が専門ではない私でもわかりやすく先行研究が整理されており、なぜこの説の再検討が必要なのか、対象作品(『学校の怪談』)にはどんな仕掛けが施されているのか、子供向けホラーの制作において注意すべきポイントは何かなど、幅広い知見が得られた。 吉岡はまず、90年代にブームになった『学校の怪談』(ここでは松谷や常光らの"原作"が念頭におかれている)が、従来抑圧された子供たちの抵抗として認知されてきたことに疑問を呈する。作中にとくにそうした描写が多く見られるわけではないためだ。ここではかわりに心理学的な見地から、「余波モデル」と「強度モデル」が吟味される。 前者は「恐怖のあとには安堵の瞬間が来る、それを快と感じるために恐怖もまた楽しむことができる」という説で、後者は「ホラー耐性がある人は、ない人が考えているほど強い恐怖を感じているわけではない」というものである。 しかし余波モデルでは、むしろ耐性がない方が恐怖の後により強い快感を得られるため、嫌いなはずのホラーにより惹かれることになるという矛盾が生じる。他方強度モデルでは、バンジージャンプなど他の恐怖体験が慣れや強制的な訓練によって馴化されて楽しめるようになる一方、ホラー映画などを何度も見させられることが一般的におこなわれているとは考えにくいため、楽しみが生じる過程を説明しにくい。 そこで登場するのが恐怖と楽しみが同時に発生するという第三の説である。そしてそれを支えるのが「保護フレーム」の概念だ。それには「確実性」「安全ゾーン」「分離」の3つのサブカテゴリーがある。確実性のフレームは、脅威に対して自力で対処できる場合に生じる。安全ゾーンはルールにもとづいておこなわれる格闘技などが含まれる。分離は状況がフィクションや別の時空間である場合だ。 つまり事前にメイキング映像を見せるなど、明確に状況がフィクションであると最初から提示しておけば、ホラーに耐性がない人も作品を楽しめる可能性が高まる。『学校の怪談』ではさらに、怪異から確実に逃げられる場所(安全ゾーン)と、万一遭遇してしまった場合の対処法(確実性)も用意されており、盤石の体制と言える。多くのホラーゲームでも、セーフルームや撃退アイテムといった同様のパターンが見られる。 後段の学校教育における怪談については省くが、子供向けホラーの制作について参考になる知見が多々あり、出版年度が比較的新しいことから、関連文献調査の入り口としても良さそうだ。とくにChildren's Fear Survey Schedule (FSSC-R) については、各地域間での比較をメタ分析できると面白そうだし、今後日本発の作品の海外展開の際にも役立つかもしれない。 吉岡一志. 2023.「「学校の怪談」ブームの社会的背景: 恐怖のパラドックスの心理学的理解に基づいて」『山口県立大学基盤教育紀要』3, 97-106.

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